愛も死も越え 吉田秀和さん、近刊『永遠の故郷』を語る

asahi.com】2008年03月12日10時45分

 94歳の音楽評論家吉田秀和さん。近刊の『永遠の故郷 夜』(集英社)は、詩と音楽がとけあった歌曲の世界をそぞろに歩んでいる。妻バルバラさんの死による悲しみで一時は音楽を聴くことも評論の執筆も休んでいたが、悲哀の闇をくぐりぬけて、雑誌「すばる」でこの連載を始めた。愛も死も超えた澄明な筆である。

 永遠の故郷とは、正宗白鳥の文章にあった言葉で、神の国をさす。美と音楽の世界でもある。

 「人間なんてヘンなものを、人間が作れるはずがない。音楽も、文学や建築と同じに人間が力の限りを尽くして作るが、究極的にはどうしてそうなるのかわからない。それがわからないからこそ、僕たちはこんなに音楽を聴くんだもの」

 音楽のみならず、美術、文学、歴史などに造詣(ぞうけい)の深い吉田さんが、自分の好きな歌曲につなげ思い出すままにつづる。本の全体はバルバラさんにささげたが、各章でゆかりの人に贈ってもいる。最初の章《月の光》は作家堀江敏幸さん。高校1年のときにフランス語の手ほどきをうけた詩人中原中也の話から、ベルレーヌの詩《月の光》に移り、この詩にフォーレがつけた「優美で知的な素晴しい歌」の魅力を、精妙に語る。

 さらに、ヨーロッパで体験した夜に漂うジャスミンの香り、少年時代を過ごした小樽での年上の女性からの口づけ、作家大岡昇平夫妻や歌手フィッシャーディースカウらを回想。ヘッセ、メーリケなどの原詩と、微妙な味わいをこめて自分で訳した詞を並べる。

 「文学に一番近い、スレスレみたいなところでやってみたかった」。なぜなら、「死ぬから」と一言。

 「もうすぐ死ぬから、今までやらなかったことをやってみようと思って」

 ものごころついたときから、音楽が好きな母親のピアノと歌がそばにあった。吉田さんにとって音楽は母親で、文学は父親。だが、文学のもつある種の人間くささが嫌いで、音楽のもつ清らかさが好きだった。

 「現実とは別のもうひとつの人生、世界があることを中原中也に教わった。でも中原は、そこから放逐された失楽園の詩人。あこがれに手を伸ばしているのが文学だとしたら、音楽は美の世界そのものだもの」

 「永遠の故郷」の連載はまだ続いている。本を夜の巻から始めたのは、「その前が夜だったからかな。何年も夜でした。つらかったよ、僕」。03年11月にバルバラさんが亡くなったあと、しばらくは音楽を聴く元気もなかったのだ。

 「最初に聴けたのは、バッハ。モーツァルトでさえ、僕が、僕が、という声が聞こえ、わずらわしかった」

 最近は文章に笑いも戻ってきた。次巻は朝の光がさしてきた「薄明」と決めている。「書き続けられたなら、昼と黄昏(たそがれ)で全四巻にしたい。たそがれるのは人間の運命だからね」
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