金子光晴 洗面器


洗面器


(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、 ・僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた、ところが、爪哇(ジヤワ)人たちは、それに羊(カンビン)や、魚(イカン)や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木(ねむ)の木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東(カントン)の女たちは、嫖客(へうかく)の目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぼりとさびしい音を立てて尿(いばり)をする。)



 洗面器のなかの
さびしい音よ。


くれてゆく岬(タンジヨン)の
雨の碇泊(とまり)。


ゆれて、
傾いて、
疲れたこころに
いつまでもはなれぬひびきよ。


人の生のつづくかぎり
耳よ。おぬしは聴くべし。


洗面器のなかの
音のさびしさを。

「女たちへのエレジー」(昭和24)より
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#「女たちへのエレジー」という詩集は、講談社文藝文庫で文庫本化されていて、それで読むことができた。エロチックで、どうみても女好きなんだけど、不思議と根元のとこで下品ではない。視線が優しいのだ。そんなわけで、女が読んで気持ちがいい。(こういう女が多いから彼はもてていたに違いないのだ。)