松本圭二 青猫以後

松本圭二 公式サイト参照 
ttp://www.tibikuro65.jp/cat4/cat7/
サイトには解題がついていて、詩の背景はそちらで、

後半部分の引用

電話線にハサミを入れた時の解放感、というか安堵の気持ちが全てだったのではないでしょうか、とおまえは語った。まるで他人事のように。全てはその瞬間に終わったのだと。そして背後のない不安に入って行った。おまえはそれ以上を語ろうとはしない。というより、もう語ることなど何も残されていない。何も起きない。ね、カラッポ。この部屋でおまえは言葉を失っていく。通信の途絶えた部屋で、壁紙から滴る不安だけに支配された部屋で、おまえはもう一度おまえのなかに閉じ篭ろうとするが、おまえ自身であるはずの「袋」はすでにぼろぼろに綻びていて、その綻びから誰かが入ってくる。
誰か?
ジャスミンおとこ?
ポランスキー
アントナン?
いやそんな素敵なもんじゃない。毛むくじゃらの強引な腕をしている。
土人
土人なの?
土人のコビト?
奇形の猿?
いやもっと卑しいもの。たぶん、もっと卑しい。おまえはその卑しいものに手紙を書こうと思い付く。言葉を取り戻すために。彼の精神の汚れ具合を確認するために。そして紙の前に立ち尽くすのだ。夜の白い壁を凝視するように。そして何日目かの夜に、ようやくおまえは最初の一行を書いた。
アンドロメダ教授、わたしはまだあなたの名前を知りません





乾いた涙が流れていくようにひりひりと言葉が通り過ぎていき、無垢な青い眼の少年があどけない口を開いたような最終行で、その乾いていた涙が突然水滴になったような気がした。
いつもは、現代詩の冗長ともいえる言葉の洪水は あまり好かないのだが、この詩は石だらけの道を素足で歩いていくような敬虔さを感じて記憶に残る。