三面の鏡台、朝倉様、狐御殿

三面の鏡台


窓に南部鉄の風鈴が揺れていた母の寝室に磨きこんだ鏡台が置いてあった。
紅い漆塗り仕立てに螺鈿の小菊が片隅に寄せられた扉がついていて
そっと開けると互い違いになった2枚鏡が内側に現れ、大きな三面を作り出す。
かすかな香水と白粉の香りが漂う引き出しを恐る恐るあけ
母の口紅を唇に差してみる。
見よう見まねで紅筆を使い、輪郭を辿った 生ぬるい味、
ふと顔を上げると、三枚の鏡の中に無数の女が立っていた。
見てはいけないモノを見てしまったような、後ろめたい思いのまま、
食い入るように女になったその姿を見ていると、一人少女のままの姿がいて、
にこっと笑って手を振り、横へ歩いて消えてしまった。




朝倉様


庭の一角に建てられた離れの小部屋の柱には
朝倉様と言い習わした能面が掛かっていた。
”朝倉尉”という名で 翁が少々威張ったように笑う。
子供とはしょうもないもので、
黄ばんだ白の長いあごひげをきれいに三つ編みに編んでは叱られて、を繰り返していた。
怖い面が、三つ編みにしてしまうだけでなにやら怖くなくなるような気がしたのだ。
母に叱られるよりも、面に叱られるほうが怖かった。
四畳半に切った茶室の畳の真ん中に寝転んで本を読んでいると、面と眼が合ってしまう。
「娘が寝転んではならぬ」と叱られてしまったような気がして、急いで居住まいを正す。
正座が長く続き足がしびれてくると、また寝転ぶ。するとまた翁の面と眼があってしまう。
こうしたことを数回繰り返すと嫌気がさして、あごひげを編みに立ち上がるのだった。
翁もえらい迷惑をしたことと思う。





狐屋敷


100円ショップで買えるひまわり
コンビ二おにぎり ペットボトル
水量が少ないシャワー
洗ってもきれいに落ちない全自動洗濯機
漬かってない漬物
こぎれいで、肝心なものが足らない狐屋敷


狐のお面をかぶった奥様
「これ、あのものを捕まえよ」と、僕を指差してる
奥様の声は僕のかあさんの声そっくり
僕が「かあさん」と声をかけてみたら
きっと、聞いたとたんにそれとわかって
お面とって「ゆるしておくれ、小僧」と涙を流すんだ
と、そんな白昼夢にふけるまもなく、僕の母かなんてどうでもよくて
狐奥様の屋敷から一目散に逃げ出した


つっかかる石ころ なめらかじゃあない
足の裏が切れて
てんてん てん
てん てん
振り返る狐屋敷の未練が
僕の足をひっぱって
きれいなトイレでおしっこをしたいと泣くんだ


「泣くな。」