「家族的」小劇場にも契約の波 劇団梁山泊の上演権訴訟

asahi.com】2008年02月26日11時20分

 劇団を退団した元座付き作家の戯曲を作家の意に反して劇団側が上演する権利はあるのか? 映画「月はどっちに出ている」などで知られる劇作家・脚本家の鄭義信さんと劇団新宿梁山泊(金守珍代表)が昨夏から東京地裁で争っている裁判が、演劇関係者の注目を集めている。

◆元座付き作家が権利主張

 発端は梁山泊が計画した鄭さん作の「それからの夏」公演に対し、「無断上演で著作権侵害にあたる」と鄭さんが上演差し止めの仮処分を申請したこと。この件は公演中止で和解したがその後、逆に梁山泊側が「それからの夏」「人魚伝説」の2作の上演権が劇団にあることの確認を求めて鄭さんを訴えた。梁山泊側は作品を集団創作による劇団全員の「共同著作物」と主張。演出家や出演者のアイデアが戯曲成立に深くかかわったとの認識だ。

 だが、日本劇作家協会著作権問題を担当する平田オリザさんは「集団創作なら初演からそう記すべきで、孤独に耐えて書く劇作家の仕事が軽視されてはならない」と指摘する。

 小劇場演劇では、けいこを重ね戯曲を改訂していく創作法は珍しくない。同志・家族的な一体感が活動の根底にあり、戯曲の書き手に執筆料などが支払われないことも多い。劇団主宰者が劇作・演出を兼ねるのが主流のため、これまで著作権や上演権をめぐる問題はそれほど目立たなかった。だが、座付き作家や、劇団よりゆるやかな人間関係の「演劇ユニット」は増える傾向にあり、作者の脱退をめぐる権利関係のトラブルは今後、切実な問題になる可能性もある。

 ある若手劇団の制作者は「劇団員でもある作者とは口約束で上演を決めていたが、これからは契約書を交わす必要があるかもしれない」と話す。また、梁山泊旗揚げの87年から鄭さんが退団する95年までの代表作の多くを鄭さんが手がけていることから「人間関係の行き違いで、この劇団ならではの名舞台が埋もれてしまうのは惜しい」と嘆く演劇ファンもいる。

 戯曲は小説や詩のように出版物では完結せず、上演されてこそ生命を得るのが最大の特色だ。劇作家・演出家のつかこうへいさんは「北区つかこうへい劇団」のホームページから自作の上演台本を自由にダウンロードできるようにしている。学生や入場料3000円以下の小劇場劇団の公演は上演料も不要とし、台本を少々改訂する場合の助言も添えている。若手育成に長年力をいれてきたつかさんらしい取り組みだ。

 一方、著作権や上演権が守られないと劇作家の生活が成り立たないのも事実。平田さんは「海外での上演や翻訳出版も含め適切な収入が見込めることは、再演されるような良い作品を書こうという意欲につながる」と話す。

 裁判は2月初めに鄭さん側が反訴し、新たな展開をみせている。どんな結果になるにしろ、濃密な人間関係による「集団のルール」が優先された小劇場演劇の世界にも、合理的な権利・契約関係が持ち込まれるきっかけになりそうだ。
http://www.asahi.com/culture/stage/theater/TKY200802260144.html