「人生、蛇行しながら太く」 詩人・加島祥造さん

asahi.com】2008年02月07日10時52分

 「求めない―― すると 時はゆっくり流れはじめる」。シンプルな言葉でつづった詩集『求めない』(小学館)が39万部のベストセラーになった、85歳の詩人加島祥造さん。信州・伊那谷の自然の中で詩や墨彩画を楽しむ「求めない」生活を訪ねた。
 今は「共存と競争」について考えている。「この二つの力関係が人間の幸、不幸を支配しているのではないか」と
 「僕の場合、詩を1冊の本にするのに5年かかる。詩も絵も高いエナジーが出てくるのを待たなければいけない。待つ間も欲張らず、何日も無駄にする。芸術とは自分の無意識が出てくるものだから、思い通りにはならないんだよ」
 だから、4カ月余りで書き上げた『求めない』は異例の1冊だ。「求めない」で始まる言葉が突然、次々とわき出したという。
 「もう少し安らかに生きたい、リラックスしたい。そんな時、この言葉を自分に向けると楽になった。八十を超えた実感から出てきた言葉なんだ」
 この教えに、「気持ちが楽になった」「別の自分を見つけた」と手紙が届く。若い世代の読者も多い。
 「若い頃の自分にはそんな考えはなかったから、不思議な気がする。今の人たちは強く求めすぎて自分が苦しくなったり、求める世界だけに取り巻かれて自分を見失って不安になったりしているのかな」
 アルプスの山々を遠く見渡す部屋に、ふらりと猫が入ってくる。穏やかな時間が流れる。「自然の中にいると誰も私を求めない。自然は何も求めないからね。求められない世界にいると自分も求める心にならない」
 しかし、『求めない』のヒットで一躍、「求められる人」になった。「うれしいことではあるんだ。人間は求められるうれしさをよく知っている。求められるだけならいいよ。でも、返さなくちゃいけない。みんな過剰に返してしまう。返さないと次は求められないと思うんだろうね」
 東京・神田生まれ。詩誌「荒地(あれち)」に参加した。英文学を学び、フォークナーやトウェインなど翻訳は数多い。「なぜ英語に興味を持ったのかわからない。目的もない。面白そう、それだけだった。何が何だかわからないまま壮年期はうろうろしていた」と振り返る。「だからあまり偉そうなことは言えないんだよ」
 その人生は還暦をすぎて大きく展開する。「老子」に出あい、伊那谷に移り住んだ。英米文学から東洋思想へ。都会生活から田舎の一人暮らしへ。
 人生はゆっくりうろうろ、川の流れのように蛇行してきた、という。
 「僕の仕事ぶりを見ればわかるだろう? 蛇行しながらだんだん太くなっていけば、いつか自分の潜在能力が出てくる。今は、大変幸せな気持ちでいる。八十過ぎても生き生きしているのは、みんな自分が面白いと思ってやってきたことだからだよ。自分の一番したいことを願い、それを手放さなければ生きる意味を実感できるだろうよ」
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