根の国


どこまでものびる根に絡み取られて骸が溶ける
けっして混ざりあうことのなかったいずれの骸もへだてなく
地上にあった輪郭も 根の国の薄暗いぬくみの中に薄れ
あなたもあたしもない黄泉比良坂のなだらかな坂を
あなたもあたしもなくしながら下り降り
言葉は意味をてばなし
魂はそれとわからぬ光を放って消え
根の国の 底の底へと溶けて流れる


ごつごつとこぶを持った根の先に 繊細で
女の髪の毛のようにつやめかしく
生まれたばかりのネコの毛のように
やわらかく たよりなく したたかに絡みつき、
あなたもあたしもなく


あなたもあたしもなく





女は業が深いから往生はとげられないのだそうだ。悪人よりもまだ深い業なのだそうだ。経文を書く手が男の手であったのだと、斜めに笑い、それだけでは切り捨てられない予感に心が冷える。業は煩悩で、未練で愛燐であるのだという。あきらめてもあきらめてもまだ残る想いを捨てるのが往生であるのならば、女のみならず人はみな業が深いに相違ない。閻魔様が生前の罪と善行を比べるのだそうだ。他力本願の浄土真宗に長くいたけれども、どうやら自分のために南無阿弥陀仏を唱えた覚えはなく、罪の多寡を思い起こしても、地獄は当然なのだという気がする。粛然と行列に並び、地獄へと歩みを進める。


二つ道があって、一つは広く歩きやすく、地獄に続く。いま一つは狭く歩きにくくやはり地獄へ行くのだそうだ。どちらをとってもいいのだという。あまりにも民話的展開。雀のお宿を思い出し、小さいつづらを選ばんといかんのだろうか?地獄行きは仕方がなかろうが、痛いのはできるだけ避けたい。苦労を買ってまでしょい込む趣味はない。ああ、そうかそういう性格が積もり積もってここに来たのかと、どこか納得しながらも、結果が見えない選択に心がおじむ。分岐でたたずんでいると、人品卑しからぬ風情の男が声をかけてくる「もうし、あなたはここにいなくていいんですよ。もう一つの道がありますから そちらから極楽へ行きなさい」 ほう、なるほどあたしはそんなに悪人でもなかったのだな。「閻魔様の前で浄土への道を選ぶ人はもはや地獄が決まっているのです。地獄を自らが選び、尚その罪状の浅い人だけが極楽へまいることができるのですよ。」うんうん、考えてみればいいことも結構してるぢゃないか。とうなづきながらも、いややっぱり変だなと虫の知らせが・・・・・・いや虫の知らせではなく、このごに及んでずるをするってのはどうかと・・・・・・「ご親切にありがとうございます。が、でも地獄へまいります。分相応というものですよ」とこの勢いを借りて、狭くて険しい道に向かう。しばらくはああ、極楽へ行く機会をつぶしたか。と落胆しつつ、いやいや、これでいいのだと痛い足をひきずって。するとまた人品卑しからぬ風情の男が現われて「なるほどあなたは、正直ですなあ、あちらは地獄も地獄直行道ですよ」と教えてくれる。さほどにご親切でなくてもいいのだがと思いつつ。「ありがとうございます」


そうか、浄土への道が業を捨てる道であるとするなら、こういう罠が一番効くのだろうなぁ。何が嘘で何が真実かもわからん状態でいったい何にこだわるというのだろうか。痛い足をひきづって歩く。考えてみれば、誰より速くつく必要もなし、誰よりきちんと歩く必要もなし、これほど気楽なことは現世ではなかったかもしれないと、およそどうでもいいことに一喜一憂していた生前の愚かさを思ったり。地獄への道の尖った石の上でかたつむりになったりもする。道はもしかして歩む人が作っているものなのかもしれないと思ったりもする。さほどに罰を受けたいのだなぁと生前の女を思い出す。情念とはそれほどにエネルギッシュなものなのだろうかと、しみじみと道を歩く自分の手をみれば、もう半ば透けてみえるのだ。なるほど気力は持ち合わせがなかったと薄笑い。




根の国の 
あなたもあたしもなく 溶けて流れる永遠に
魂のかけらが想うのは
きっと あなたとあたしであるだろう