参考レベルについて

おそるおそる、甲斐先生に質問をしてみました


質問のメール

拝啓

甲斐先生
先日は丁寧な対応をしていただいて、本当にありがとうございます。
甘えついでにもう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?
(お忙しい場合は、「無理です」とするーしてください)


質問は「日本政府は、正式に(ICRPの現存被ばく状況の防御態勢に準じた)参考レベルを発表していますか?」です。

この質問は、こちらの理解の度合いを確認しないと答えにくいのではないかと思うので、以下に
私自身の認識(農家のおばちゃんがネット情報から判断したレベルなので、間違ってる可能性大です)
を書かせてください。(ドラフト111と、ICRP103、109その他を通読済です。ICRPドキュメント全体は
http://d.hatena.ne.jp/leaf_parsley/20120603 のような感じで読んでいます。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時系列に書いていきます。

事故前には2007年勧告のとりこみのための中間報告が出されています。(まだ検討中で間に合わなかった。)

3月11日に震災

3月21日のICRPからの通達(2007年勧告に従うようにと通知が来ました。)
http://www.u-tokyo-rad.jp/data/fukujap.pdf

4月10日 正式に、緊急時準備区域と計画的避難区域の指定が行われます。その際にはICRP2007年スキームによって、防御態勢を整えていくという通達がありました。
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2011/genan022/siryo_ex.pdf
再リンク(一部訂正のため差し替え)
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/bougokijun.pdf
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/soki/soki2011/genan_so22.pdf
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/shidai/genan2011/genan022/siryo1-2.pdf

放射線防護の線量基準の考え方 第22回会議の資料 4月10日  (イメージ図)
http://www.nsc.go.jp/info/20110411_2.pdf

4月27日 首相官邸HPでICRP準拠で行うとのPR
放射線から人を守る国際基準〜国際放射線防護委員会(ICRP)の防護体系〜
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g5.html

4月のこの発表は、2007年勧告の国内取り込みは法的な枠組みとしては間に合わなかったけれど実質的には
それに従うという意味と受け止めました。すでに当初より、各省庁、それぞれに対策に走っておられました。

5月19日に「放射線防御の助言に関する基本的な考え方」が公開
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2011/genan033/siryo6.pdf
(再リンク)
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/shidai/genan2011/genan033/siryo6.pdf
この時点で、福島事故の影響が、現存被ばく状況と緊急被ばく状況が混じった状況であることが理解。
自分なりには、20K圏内と計画的避難区域と緊急時準備区域は緊急被ばく状況に該当。
その他の地域で1mSv/y以上で居住が継続できる地域が現存被ばく状況であろうと推測しました。



7月19日 今後の避難解除、復興に向けた放射線防護に関する基本的な考え方について が公開
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2011/genan054/siryo.pdf
再リンク
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/shidai/genan2011/genan054/siryo4.pdf

緊急被ばく状況を経ずに現存被ばく状況に至っている地域がある点について言及されました。
緊急被ばく状況を経て現存被ばく状況に至る場合は、一旦避難なり、避難準備なりの状態をへて、その後、現存被ばく状況への移行をもって、居住の許可を与えられることになるけれど、今回の場合は、最初から居住の許可が認められている地域が広かったです。したがって、最初から実質的な現存被ばく状況にあったと言えます。
それは、ある意味、汚染の度合いが低かったおかげですが、あとから現存被ばく状況であることを示されるという経緯をたどりました。
数値的には緊急被ばく状況の参考レベルの最下限と現存被曝状況の参考レベルの上限が同じ数値であり、緊急被ばくでの閾にそれを選んでいるために、矛盾は起きていません。けれども、腑に落ちない部分があったのは否めませんでした。


8月30日 平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所
事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法 の制定
http://www.env.go.jp/jishin/rmp/attach/law_h23-110a.pdf
この法律は除染と廃棄物処理に関連する法律だったのですが、福島の汚染が外部被曝メインであることを考慮すると、
実質的に 参考レベルへの法的な枠組みを与えてしまった法律と認識しています。
翌日には文科省放射線審議会を踏まえた基本会議が開かれていて、以下の資料が公開されています。

文科省の8月31の第40回基本会議より
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/002/gijiroku/1311781.htm
国際放射線防護委員会(ICRP)2007 年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れ(現存被ばく状況関連)に係る論点整理
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/002/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/09/05/1310658_1.pdf



この間にも各省庁はそれぞれに放射線防御対策を進行
環境省によるモニタリングの整備、廃棄物管理、復興庁によるメッシュ調査、食品安全委員会による食品摂取基準の評価、厚生労働省による食品基準の検討、文科省による学校での線量制限値の設定と給食検査、農林水産省による各通達、経済産業省による避難区域の公示と補償その他への対応。消費者庁による流通食品の監視、等々

9月30日 緊急時避難準備区域の解除 (公示は経済産業省
http://www.meti.go.jp/press/2011/09/20110930015/20110930015.html
http://www.meti.go.jp/press/2011/09/20110930015/20110930015-2.pdf
公示(引き続き警戒区域の公示)
http://www.meti.go.jp/press/2011/09/20110930015/20110930015-7.pdf
その地図
http://www.meti.go.jp/press/2011/09/20110930015/20110930015-10.pdf
解除前の地図
http://www.meti.go.jp/press/2011/09/20110930015/20110930015-12.pdf
3月30日時点の地図
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20120330_02g.pdf

11月25日 小さな変更(地点追加)
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/111125c.pdf


11月11日 平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所
事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法
に関する基本方針が公開

http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=18581&hou_id=14431
8月30日に出された同法律は、当初は汚染物質をどう処理するか?という切羽詰まった必要に応じて制定されていたと
思うのですが、実質的にその対処は外部被曝管理を意味してしまうため、おそらくこの法律と整合をとって
現存被曝状況への対応を迫られたのだろうと推測します。
(p5において、数値目標が掲げられてしまっているため、実質的な参考レベルはここになってしまっています。
しかし、現存被曝状況における参考レベルは、先験的に決定することができない、という前提にも反してしまっているし、
利害関係者との調整、透明なプロトコル、といった注意事項も無視した記述に思います。)


12月26日福島第2の緊急事態宣言の解除
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/12/231226-4-1.pdf
(第一は16日に冷温停止と安定化宣言まで。。)

26日時点の詳細資料
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/111226_01a.pdf
(しかし 「参考レベル」 という形での数値設定の発表はみあたらないような、、、)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうも、8月30日制定の法律と、その解釈にあたる11月11日資料が、ICRP準拠とは別の流れを作り出してしまい、
結果として、正式な形での参考レベルの制定ができていないように思うのですが、、
どうなのでしょうか?


甲斐先生より

返信が遅くなりましたことを最初にお詫びします。
〇○さんの質問に対して次のようにお答えします。

質問は「日本政府は、正式に(ICRPの現存被ばく状況の防御態勢に準じた)参考レベルを発表していますか?」です。

参考レベルとは、計画時被ばく状況(放射線放射性物質を計画的に利用する際に、管理された状況で受ける通常の被ばく)以外の被ばく状況(緊急時、現存時)に使用される管理目標値です。この点からだけから判断すると、福島事故以外に設けられたさまざまな基準はすべて参考レベルであるといえます。

〇○さんの疑問は、政府はいろんな数値基準を設定しているが、それらば参考レベルの意味合いになっているのか、という問題意識と理解しました。

問題は、参考レベルがいかなる意味の基準として用いられているかです。ICRPのいう参考レベルは最適化の上限値として考えていますので、数値を下回ればそれ以上の対応が求められないことを意味しません。しかし、法律上は、判断基準として用いていますので、ある判断(例えば、避難をさせるのを20mSv/y)のために用いていて、その数値だけからは最適化という放射線防護で最も重要と強調している対応が含まれていないことになります。

ここに社会と政府の示す基準(参考レベル)とに大きなギャップがあると感じてきました。一番よい事例が、昨年の4月の学校校庭を使用判断基準として設定した3.8μSv/hrです。この数値が政府やICRPのいう参考レベルの数値に対する不信感となっていったことはご承知の通りです。

放射線防護は、リスクを前提にした防護理論の上に立っています。つまり、いかなる被ばくもその線量に応じたリスク(影響が発生する確率)がある。これは、あるしきい線量(これ以下ならな影響は絶対にない)を想定することが困難であるという現在の科学的な認識から来ています。実際のリスクはさまざまな要因(個人の生活習慣や遺伝的背景)に影響を受けると推測されるので一律のリスクを推定することは実際上困難ですが、あくまでも防護対策をとるべきか、とるとしたらいかなる対策をとるのかを判断する目安となるべくリスクを用いています。

汚染対策の基準としても、環境省は1mSv/yを設定しました。確かに中期的(5年程度)にはこれを目指すべきでしょう。しかし、短期的には、実際上は、難しい地域もあるし、比較的レベルの低い地域もこの基準を超えれば同じ対応がとらるとことになり、参考レベルが目指す高い汚染地域から優先して低減化していくという意味合いがなくなる。汚染するかしないかの判断基準として使用されてしまい、最適化していくとうリスク本来の対応がとられない可能性が高くなる。

以上のように考えると、法律や行政のとる判断と、参考レベルによるリスク低減対応のための判断にはギャップがあることがわかります。法律はどうしても参考レベルを随時見直していくということができません。リスク管理の課題と考えています。

甲斐倫明


でした